初手3八金の意味するところ

最後の電王戦第1局、初手3八金。

一般的な初手は居飛車なら2八歩、振り飛車なら7六歩といったところで、中飛車決め打ちの5六歩でさえあまり良くないと言われるところ、3八金。振り飛車を好まない棋風だとしても、人には指せない手だろうと思います。しかも名人相手の大舞台。

この初手を見て、名人の勝利を予想した人も多かったのではないでしょうか。

ところが、この3八金は終局までこの位置で右の守りの要として大きな存在感を保っていました。3八金のおかげで先手が勝ったとは言わないまでも、結果的にまったく悪手とは言えない手です。

木村八段のいう通りで「マイナスにしか見えない手がマイナスになっていない」という、常識からすると奇妙な状況でしたが、「初手3八金はダメ」という先入観がそもそも人間の思い込みでしかなかったという事実を突きつけられたといってもよいのではないでしょうか。

例えば2手目3二飛もぱっと見不安な手で当初はどちらかというと異端的な印象がありましたが、いざ指してみると意外といけるということで升田幸三賞を受賞し、一定の地位を確立しています。

同様に、絶対に飛車を振らない、玉は5八で十分という信念のもと、初手3八金は悪い手ではないのでしょう。少なくとも実際にPONANZAがこれ採用し、名人を下したという実績ができた以上、PONANZAや名人にかなわない人間が「初手3八金は筋が悪い」と指摘したところで説得力はありません。

むしろ、この手の思い込みをいったん忘れて将棋の常識を見直したほうが建設的ですし、電王戦の意義があるというものです。

ところで「人間がコンピュータを攻略する際、定跡にない手を指すことで相手を混乱させる」といった戦法が有力だとされたことがあります。米長永世棋聖もボンクラーズに対して2手目6二玉を指しました。常識外の手でも、勝ちに結びつけようとする想像力というのは将棋において大事な要素なのかもしれません。

今回、PONANZAが指した初手は、単に常識に縛られないコンピュータが他の手と同様に評価したうちの一手だったかもしれませんが、電王戦という晴れ舞台で数ある初手の中から3八金が選ばれたという偶然は、考えようによってはとても面白いと思います。

名人に対して、常識外の、一見すると筋が悪い、人によっては無礼とまで言うような手で挑むPONANZAを見て、世間の評価を気にせず、純粋に名人との対局を楽しんでいる感じがすると思ったのは僕だけでしょうか。

続く7八金も、あまり見慣れず、どちらかといえば初心者の対局に出てきそうな形。定跡をいろいろ知って常識に縛られた人間よりも、無邪気に将棋を楽しむことができる、将棋にはまだ人間が知らない面白さがあると教えてくれるかのような一手。

今回、おそらく手順的には初手2六歩でもPONANZAが勝ったでしょう。ですが、そこで3八金を披露して世間を騒がせてみせたエンターテイナーぶりを偶然に発揮できるほど「持っている」ことが、PONANZAの魅力であり、強さの秘密かもしれません。

結果的にはPONANZAが持ち時間を3時間残しての圧勝とも言えますが、無難な手の応酬で勝敗が決まるよりもずっと面白い一局でしたし、名人にコンピュータが勝った歴史的な一局であるというだけでなく、その初手が3八金だったというところまで含めて、最高の対局だったと思います。

名人は勝算があると話していましたし、第2局も名局が生まれることでしょう。名人のリベンジが見られることを期待しています。
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